何ヶ月ぶりでしょうか・・・。
久しぶりの日記です。
ある、気持ちの変化から、
パソコンを、人との連絡手段、通信手段、
コミュニケーションの手段として使うことを、やめていました。
パソコンを通じてのメールのやりとりをはじめ、
友達の日記を見たりすることも、ずっとやめていました。
その間、もっと単純に、
ものごとを調べたり、買い物をしたりする道具として
パソコンを使っていました。
それを使う時、気持ちや心を介在させないことが、
最近の私に、ぴったりときていたのでした。
そんなこんなで3ヶ月ほど。
ようやく胸のざわつきがなくなってきた所です。
突然なことで、自分でもまだ実感がわかないのですが、
4月27日、このマッチバコハウスを去ることになりました。
訳は、もう少ししたらご報告できると思います。
でもこの日記は、ここにいたからこそ続ける意味があるのだと思うので、
今日で、お別れです。
ご報告はまた、違う形で。
結婚し、初めての、独立しての生活。
自分の好きに暮らしをつくり、楽しんで来ることができました。
新しい家は、今とはまったく違うのでしょうが、
それでもまた、生活をつくり、楽しんでいけたらと思います。
庭には、ユキヤナギが満開です。
小さなスミレも咲いています。
すぐ側の、小学校の校庭に咲いた桜の花びらが、
風にのって、ちらほらと舞っています。
今までにない、深い深い幸せを感じています。
また、どこかでお会いできる時を楽しみにしています。
chiko
2007年11月8日木曜日
2007年11月1日木曜日
まーちゃん。
まーちゃん。
大切な人や風景の写真を、撮り続けていた友達。
その中の一枚に、私も入れてくれていたね。
数年前の冬、東海村でのイベント。
本番直前のがちがちの私をリラックスさせてくれるために、
冗談を言いながら撮ってくれた写真。
くるくるパーマをかけたばかりの、私。
送ってくれた、桜の写真。
青空にふんわりとピンクが咲く、美しい風景。
遠くに旅立ったと聞いて、驚き、ショックで、
でも、実感できなくて、ぼんやりとしていました。
最後に会ったのは、数年前。
それまでも、年に1、2回しか会うことはなかったけれど、
その優しい顔を、いつでも思い出せました。
来年また、久しぶりに、
東海村で会えると思っていました。
また、生まれ変わって、どこかで会えるといいね。
ありがとうね。まーちゃん。
大切な人や風景の写真を、撮り続けていた友達。
その中の一枚に、私も入れてくれていたね。
数年前の冬、東海村でのイベント。
本番直前のがちがちの私をリラックスさせてくれるために、
冗談を言いながら撮ってくれた写真。
くるくるパーマをかけたばかりの、私。
送ってくれた、桜の写真。
青空にふんわりとピンクが咲く、美しい風景。
遠くに旅立ったと聞いて、驚き、ショックで、
でも、実感できなくて、ぼんやりとしていました。
最後に会ったのは、数年前。
それまでも、年に1、2回しか会うことはなかったけれど、
その優しい顔を、いつでも思い出せました。
来年また、久しぶりに、
東海村で会えると思っていました。
また、生まれ変わって、どこかで会えるといいね。
ありがとうね。まーちゃん。
2007年10月30日火曜日
秋の空。

お久しぶりです。
前回から一ヶ月半。
もうすっかり、涼しくなりました。
この所のわたしは・・・
密かに、着々と、活動中でした。
道に迷っていた自分から、2ヶ月。
今はまだ半信半疑ではあるのですが、
「これかもしれない」と、
手探りしながら、少しずつ、進んでいます。
もう少ししたら、皆さんに披露できると思います。
少し、お待ちください。
昨日の夕空、見ましたか?
ほんのり水色からオレンジのグラデーションに、
いわし雲が、点々と。
ああ、秋だなぁと、しみじみ。
今月に入り、ここに引っ越して1年が経ちました。
記念に、以前から気になっていた大貫妙子のCDを買いました。
全曲に大貫さんご自身が書いた解説がついています。
その中の一文。
「弱虫になれるのが、それを受け止めてくれるのが、
家族なのだと思います。」
読んだとたん、ぶわーっと。
泣いてしまいました。
2007年9月16日日曜日
祭囃子
二人で夕飯の買い物に出かけると、
だいぶ涼しくなった風に乗って太鼓の音が聞こえてきました。
音につられて散歩がてらにふらふらと行くと、
途中からは道の両側に案内のための提灯が下げられていて、
それぞれ子供たちの描いた絵がかかれています。
少しずつ周りの家からも
どこか落ち着かない感じで人が出てきていました。
祭りが行われていたのは自分の住んでいる地名の神社でした。
武蔵野の「はけ」にあたる場所で、
きれいな湧き水が出ることから水神様を祀ったのがはじまりとか。
境内にはいまだに湧き水の出ているところがあり、
その水のたまった池があります。
ゆっくり泳ぐ何匹もの亀さんにも会えました。
風にはためく神社の旗
無造作に境内に張り巡らされた裸電球
お祭りに元気になるおじいちゃん
背後を国分寺崖線に守られたこの場所は
時代をこえて同じ空気が流れているようでした。
だいぶ涼しくなった風に乗って太鼓の音が聞こえてきました。
音につられて散歩がてらにふらふらと行くと、
途中からは道の両側に案内のための提灯が下げられていて、
それぞれ子供たちの描いた絵がかかれています。
少しずつ周りの家からも
どこか落ち着かない感じで人が出てきていました。
祭りが行われていたのは自分の住んでいる地名の神社でした。
武蔵野の「はけ」にあたる場所で、
きれいな湧き水が出ることから水神様を祀ったのがはじまりとか。
境内にはいまだに湧き水の出ているところがあり、
その水のたまった池があります。
ゆっくり泳ぐ何匹もの亀さんにも会えました。
風にはためく神社の旗
無造作に境内に張り巡らされた裸電球
お祭りに元気になるおじいちゃん
背後を国分寺崖線に守られたこの場所は
時代をこえて同じ空気が流れているようでした。
2007年9月8日土曜日
お手伝いしました。
お友達の、山中とみこさんのお洋服ブランド
「CHICUCHICU5/31」。
→http://www.chicuchicu.com
この度、サイトをリニューアルするにあたり、
「しはん」として、技術面でお手伝いをさせていただきました。
サイトのデザインは山中さんご自身で、
「しはん」は、サイト製作ソフトを使って形にしました。
シンプルで、美しいサイト。
山中とみこさんらしい、素敵なサイトです。
ぜひ、ごらんください。
「CHICUCHICU5/31」は、11月に個展を控えています。
お洋服だけではなく、帽子や雑貨も登場予定。
とてもとても、楽しみです。
「CHICUCHICU5/31」。
→http://www.chicuchicu.com
この度、サイトをリニューアルするにあたり、
「しはん」として、技術面でお手伝いをさせていただきました。
サイトのデザインは山中さんご自身で、
「しはん」は、サイト製作ソフトを使って形にしました。
シンプルで、美しいサイト。
山中とみこさんらしい、素敵なサイトです。
ぜひ、ごらんください。
「CHICUCHICU5/31」は、11月に個展を控えています。
お洋服だけではなく、帽子や雑貨も登場予定。
とてもとても、楽しみです。
2007年8月21日火曜日
2007年8月20日月曜日
探す。試す。変える。これからの私。
この度も、ずいぶん久しぶりの日記になりました。
暑い暑い夏〜・・・なのに、
我が家はクーラーが壊れてしまって、
この猛暑の中、先日ご紹介した扇風機で耐え忍んでおりました。
が、先週末ついにクーラーを修理。
ようやく涼しい中、こうして日記を書くことができています。
千葉のギャラリー「as it is」へ行ったこと。
福生の「antos」の個展へ行ったこと。
お盆で、栃木にお墓参りに行ったこと。
実家で、家族全員が顔を揃えたこと。
大切な友達とたくさん会ったこと。
8月、仕事が休みの日はほとんど、
誰かに会ったりどこかに行ったり。
暑いけれど、活動的な月になりました。
そうして、たくさんの刺激を受けてきた中で、思ったこと。
ここに書き留めておこうと思います。
ものづくりに目覚めてから、数年たち、
自分の好きなものや作るものが、少しずつ変化しています。
粘土からはじまって、布や木や、最近ではダンボールや・・・
いろいろな素材を試して、つくっては、
人に見ていただく機会にも恵まれてきました。
もちろん、それを仕事にできてはいませんが、
手を動かすことの楽しさ、できあがった充実感、
ものづくりは、自分の中に確実に根付いているのだと思います。
でも、いつの間にやら、
作る楽しさが一番だったはずのものづくりが、
「人に見ていただく」という部分で、大きくなっているのを感じて、
なんだか、「違う」と思いはじめてきているのです。
もう一度、考えてみました。
自分の好きなものはなんだろう、ということ。
ものづくりは、自分が好きなものを作る。
人の目を意識することはある意味で大切でも、
それが大きくなるのは、本末転倒なのです。
私の好きなもの・・・
ここ数年、いろいろな、変化があったけれど、
それより前からずっとずっと、好きだったもの、変わらないもの。
「おしゃれをする」に関することなのかもしれないなぁと、
このところは感じています。
雑貨や飾るものも大好きなのですが、それよりも、
好きな服を着ること。好きなものを身につけること。
洋服?アクセサリー?バッグ、小物?
自分が作るなら、何だろう。
とは言え、まだまだ悩み中。
何をつくろうかと、ここにきて、新しいスタートラインに立っています。
この春はじめた「しはん」は、大切にとっておいて・・・
私「ちこ」として作るなら、なんだろう。
まず、誰かに見てもらう前に、
自分が好きだと思えるもの、欲しいと思えるもの、
作っていて楽しいと思えるものを作るという、
ものづくりにおいて当たり前の原点に立って、
少し、悩んでみようと思います。
探して、試して、変えていく。これからの私。
暑い暑い夏〜・・・なのに、
我が家はクーラーが壊れてしまって、
この猛暑の中、先日ご紹介した扇風機で耐え忍んでおりました。
が、先週末ついにクーラーを修理。
ようやく涼しい中、こうして日記を書くことができています。
千葉のギャラリー「as it is」へ行ったこと。
福生の「antos」の個展へ行ったこと。
お盆で、栃木にお墓参りに行ったこと。
実家で、家族全員が顔を揃えたこと。
大切な友達とたくさん会ったこと。
8月、仕事が休みの日はほとんど、
誰かに会ったりどこかに行ったり。
暑いけれど、活動的な月になりました。
そうして、たくさんの刺激を受けてきた中で、思ったこと。
ここに書き留めておこうと思います。
ものづくりに目覚めてから、数年たち、
自分の好きなものや作るものが、少しずつ変化しています。
粘土からはじまって、布や木や、最近ではダンボールや・・・
いろいろな素材を試して、つくっては、
人に見ていただく機会にも恵まれてきました。
もちろん、それを仕事にできてはいませんが、
手を動かすことの楽しさ、できあがった充実感、
ものづくりは、自分の中に確実に根付いているのだと思います。
でも、いつの間にやら、
作る楽しさが一番だったはずのものづくりが、
「人に見ていただく」という部分で、大きくなっているのを感じて、
なんだか、「違う」と思いはじめてきているのです。
もう一度、考えてみました。
自分の好きなものはなんだろう、ということ。
ものづくりは、自分が好きなものを作る。
人の目を意識することはある意味で大切でも、
それが大きくなるのは、本末転倒なのです。
私の好きなもの・・・
ここ数年、いろいろな、変化があったけれど、
それより前からずっとずっと、好きだったもの、変わらないもの。
「おしゃれをする」に関することなのかもしれないなぁと、
このところは感じています。
雑貨や飾るものも大好きなのですが、それよりも、
好きな服を着ること。好きなものを身につけること。
洋服?アクセサリー?バッグ、小物?
自分が作るなら、何だろう。
とは言え、まだまだ悩み中。
何をつくろうかと、ここにきて、新しいスタートラインに立っています。
この春はじめた「しはん」は、大切にとっておいて・・・
私「ちこ」として作るなら、なんだろう。
まず、誰かに見てもらう前に、
自分が好きだと思えるもの、欲しいと思えるもの、
作っていて楽しいと思えるものを作るという、
ものづくりにおいて当たり前の原点に立って、
少し、悩んでみようと思います。
探して、試して、変えていく。これからの私。
2007年8月1日水曜日
2007年7月27日金曜日
2007年7月20日金曜日
ご近所さん。
生協の個人宅配「パルシステム」を利用しています。
二人暮らしなので、そんなに量は頼みませんが、
合成添加物を使わない食品や、気の利いた雑貨など
毎週、楽しみにしています。
今日、留守中に玄関脇に届けられていた注文品を
ごそごそと取り込んでいると、
おとなりさんに声をかけられました。
どうやら、おとなりさんもパルシステムに加入しているそうで、
2件おとなりの方と一緒に、グループ購入をしているとか。
「一緒にやりませんか?」と、声をかけていただきました。
グループ購入だと手数料が無料になるし、何かと助かるよね、と、
3人で、しばし井戸端会議。
同じ平屋仲間、顔を合わせることはあっても、
こんなにゆっくりと、話をしたのは初めて。
ご近所づきあい・・・ちょっと緊張。
でも、すごく良い方たちでほっとしました。
年代もそんなに変わらず、良いお姉さんができた感じ。
お二人は娘さんがいらっしゃるので、子育ての話も聞きつつ、
予想外に楽しいひと時となりました。
夕方、お父さんとお母さんが、お野菜や食材を届けてくれました。
「マッチバコ通信、見てるよ」・・・
恥ずかしい〜。でも、嬉しいです。
お母さんのつくったしそジュース、美味しかったぁ。
二人暮らしなので、そんなに量は頼みませんが、
合成添加物を使わない食品や、気の利いた雑貨など
毎週、楽しみにしています。
今日、留守中に玄関脇に届けられていた注文品を
ごそごそと取り込んでいると、
おとなりさんに声をかけられました。
どうやら、おとなりさんもパルシステムに加入しているそうで、
2件おとなりの方と一緒に、グループ購入をしているとか。
「一緒にやりませんか?」と、声をかけていただきました。
グループ購入だと手数料が無料になるし、何かと助かるよね、と、
3人で、しばし井戸端会議。
同じ平屋仲間、顔を合わせることはあっても、
こんなにゆっくりと、話をしたのは初めて。
ご近所づきあい・・・ちょっと緊張。
でも、すごく良い方たちでほっとしました。
年代もそんなに変わらず、良いお姉さんができた感じ。
お二人は娘さんがいらっしゃるので、子育ての話も聞きつつ、
予想外に楽しいひと時となりました。
夕方、お父さんとお母さんが、お野菜や食材を届けてくれました。
「マッチバコ通信、見てるよ」・・・
恥ずかしい〜。でも、嬉しいです。
お母さんのつくったしそジュース、美味しかったぁ。
2007年7月19日木曜日
コトコト煮る幸せ。

料理家、高山なおみさんのレシピが好きです。
簡単なのに、美味しい。好みの味です。
「簡単」「手早い」を売りにして作られたレシピではなくて、
その素材が美味しくなるように料理をしたら、
自然と簡単なレシピになった、という感じでしょうか。
その姿勢が、好きです。
そして、高山さんのエッセイも、好きです。
料理に関してまだまだの私は、
よく失敗しては落ち込んで、ふて寝をしてしまいます。
そして、もう料理なんてしたくないと、
台所に立つ気力を失ってしまう。
・・・そういう時に、高山さんの料理をつくります。
決まって、美味しくできる。
再び、やる気が出てくるのです。
今夜は、数日前に仕込んでおいた豚バラの塊の塩漬けを、
スープ煮にしました。
本当は、白菜と一緒に煮込み、高菜漬けを仕上げに加えるのですが、
キャベツと、キムチで代用。
コトコト煮るので、時間はかかりますが、手間はかからず。
煮ている間、本を読んだり、ぼんやりしたり。
できあがる時間が、待ち遠しい。
そして、柔らかくなった豚バラと、とろりとしたキャベツ、
ほんのりと酸味の効いたキムチ味で、
とっても美味しくできました。
最近、電車通勤に切り替えて、
久しぶりに、少しですが本を読む時間ができました。
今は、吉田修一の小説にハマっています。
彼の書く恋愛小説は、ちょっと辛口で、私好みです。
2007年7月12日木曜日
美味しいはうれしい。
前回の三連ちゃん日記・・・
ログイン名が亀吉さんになってましたね。
まだ、いまいち使い方がわかっておりません。
かぼちゃの煮物をつくりました。
もう、だーいすきなんです。だから上手に作りたい。
今まで何度も挑戦しては、失敗してきました。
どうも納得いかなくて。
それが、今回は大成功。
砂糖、みりん、しょうゆ、酒、だし汁の割合が良く、
理想の味になりました。
ちゃんと、面取りもしました。
ゴーヤーと豚肉をみそ味で炒めたら、
これも美味しかったー。
美味しいごはんは、嬉しい。
ログイン名が亀吉さんになってましたね。
まだ、いまいち使い方がわかっておりません。
かぼちゃの煮物をつくりました。
もう、だーいすきなんです。だから上手に作りたい。
今まで何度も挑戦しては、失敗してきました。
どうも納得いかなくて。
それが、今回は大成功。
砂糖、みりん、しょうゆ、酒、だし汁の割合が良く、
理想の味になりました。
ちゃんと、面取りもしました。
ゴーヤーと豚肉をみそ味で炒めたら、
これも美味しかったー。
美味しいごはんは、嬉しい。
2007年7月5日木曜日
我が家の夏支度。その2
我が家の夏支度。その1
裂き布ぞうり。


チクチク山中さん企画のもと、
裂き布ぞうりのワークショップがありました。
埼玉の「クラスカフェ」さんにて。
以前から興味のあった裂き布ぞうり。
自分で作るチャンスが訪れるなんて〜、嬉しい。
午前中にまずは片方。
雑誌「おしゃれじかん」掲載時に、
たくさんのぞうりを作ったという山中さんを先生に、
生徒5人、まずは布地をびりびりと裂く。気持ちいい!
それから足に、芯になる紐をセットしてひたすら編み編み・・・。
初めてなのに、1時間ほどで完成。
思っていたよりも簡単でした。
ランチは「クラスカフェ」オーナー、ミキさんの
野菜たっぷりのコース料理。
手づくりのパン、ご自宅の畑でとれた野菜のサラダ、
自家製ピクルスや、蒸し野菜、デザートなどなど・・・
体に優しい、絶品お料理の数々にお腹がいっぱい。
しかも、器や盛りつけ、セッティングが可愛らしい〜。
これだけ豪華にいただいて、お値段にも驚きでした。
写真は、最初に出していただいた冷たいドリンク。
さっぱりとした梅味が、おいしい。
午後は要領を得たので、編み始めたらあっという間。
一時間もかからずに、終わってしまいました。
ちょっと細長のぞうりですが(編む力が強かった?)、
履き心地は良好。ガーゼ地で気持ちがいいです。
もう一足つくろうかな。
帰宅後、早速台所で愛用中。
身もココロも大満足の一日でありました!
2007年6月23日土曜日
今夜がヤマ。
雨が降る日に、我が家に決まって出るのです。
ぬめぬめと光るスジを残してゆく、アイツ・・・。
今日も出ました。
お風呂場に2匹、そしてなんと、居間にも2匹。
虫嫌いの私ですが、もちろん、こちらも大の苦手。
虫や生き物の発生は、一件屋(しかも古い家)の宿命なのですが、
半年以上経っても、一向に慣れることはなく、
計4匹も見つけてしまった本日の私は、
恥ずかしいくらい、おびえております・・・。
お風呂場は仕方がないとして、問題なのは居間。
居間の、ある決まった場所に限り、出るのです。
いつの間にか。気がつけばそこにいる。
どこからやってくるのかと、不思議でフシギで、
そして不気味で、怖くてしかたなかったのですが・・・
今日、判明いたしました!やった〜!!
どうやら、お風呂場と壁一枚隔てたところにある薬棚の下から
にょきにょきと出てきている様です。
幸運なことに(?)この目で、這い出てくるのを、目撃!
たぶん、壁に穴でもあいているのでしょう。
早速明日、薬棚をどかして点検してみることにしました。
はあ〜、謎が解けたところで、一安心・・・。
今夜はとりあえず、薬棚の周りにぐるっとお塩をまいて
眠りにつくことにします。
明日起きたら、どうなっているのでしょうか。
ドキドキです。
そして、こんな不安な夜に限って、亀吉氏は泊まりで仕事。
ひとり、戦いの夜は更けてゆくのでした。
早く寝ようと思ってたのに、目が冴えちゃった。
ぬめぬめと光るスジを残してゆく、アイツ・・・。
今日も出ました。
お風呂場に2匹、そしてなんと、居間にも2匹。
虫嫌いの私ですが、もちろん、こちらも大の苦手。
虫や生き物の発生は、一件屋(しかも古い家)の宿命なのですが、
半年以上経っても、一向に慣れることはなく、
計4匹も見つけてしまった本日の私は、
恥ずかしいくらい、おびえております・・・。
お風呂場は仕方がないとして、問題なのは居間。
居間の、ある決まった場所に限り、出るのです。
いつの間にか。気がつけばそこにいる。
どこからやってくるのかと、不思議でフシギで、
そして不気味で、怖くてしかたなかったのですが・・・
今日、判明いたしました!やった〜!!
どうやら、お風呂場と壁一枚隔てたところにある薬棚の下から
にょきにょきと出てきている様です。
幸運なことに(?)この目で、這い出てくるのを、目撃!
たぶん、壁に穴でもあいているのでしょう。
早速明日、薬棚をどかして点検してみることにしました。
はあ〜、謎が解けたところで、一安心・・・。
今夜はとりあえず、薬棚の周りにぐるっとお塩をまいて
眠りにつくことにします。
明日起きたら、どうなっているのでしょうか。
ドキドキです。
そして、こんな不安な夜に限って、亀吉氏は泊まりで仕事。
ひとり、戦いの夜は更けてゆくのでした。
早く寝ようと思ってたのに、目が冴えちゃった。
2007年6月14日木曜日
2007年6月3日日曜日
mathematics = art ?
去年まで小学校の先生をしていた 母親から譲り受けた算数の教材です。 かわいらしいので、実家から譲り受けてきました。
いくつかの立体を組み合わせて立方体などをつくれるもので、 3次元のテトリスみたいなのですが、 立方体をつくるのもかなり難しい。授業で使うというよりは、 休み時間の遊びの道具として教室においていたものらしい。
最近聞いた言葉でこんなのがありました。
「教育は科学であってはなりません。それは芸術でなければならないのです。」
ルドルフ・シュタイナー
ここまで言い切るのは難しいし、それだけとは思いませんが。
最近立体や図形に触れることが多く、
数学の中で教えられる図形や立体の頭の使い方が、
芸術とそんなに遠いところあるものでもないのかもって感じてます。
2007年5月31日木曜日
彼女のこと。
職場の店長が、7月、中国へ旅行に行くことになったそうです。
ただし、行き先は市街から遠く離れた山の奥だそうで、
ガタガタ道を、えっちらおっちら歩く旅なのだとか。
67歳の挑戦、だそうです。
そのことを、店長と同級生の先輩と話していたら、
先輩が、満州の生まれだったということを思い出し、
どこに住んでいたのか、
どんな暮らしだったのかという話題になりました。
そうして、彼女が満州で生まれ育ち、中国へ移り、
終戦後、日本へ引き上げてきた足跡をたどると、
その過酷さと、想像も及ばないような苦労に、
私は、言いたいことがうまく出てこなくて、
涙がじんわりと、浮かんできたのでした。
彼女の苦労と、何よりも、家族を守ったご両親の苦労。
当時、多くの日本人がそうやって、
永住の地となるはずだった場所を追われ、
行くあての保証などない、日本に帰ってきた。
家族全員が生きて会えることが、奇跡だった時代のこと。
それを体験した人が、こんなに身近にいたんだと、
10年近くこの職場にいて、初めて知りました。
ただし、行き先は市街から遠く離れた山の奥だそうで、
ガタガタ道を、えっちらおっちら歩く旅なのだとか。
67歳の挑戦、だそうです。
そのことを、店長と同級生の先輩と話していたら、
先輩が、満州の生まれだったということを思い出し、
どこに住んでいたのか、
どんな暮らしだったのかという話題になりました。
そうして、彼女が満州で生まれ育ち、中国へ移り、
終戦後、日本へ引き上げてきた足跡をたどると、
その過酷さと、想像も及ばないような苦労に、
私は、言いたいことがうまく出てこなくて、
涙がじんわりと、浮かんできたのでした。
彼女の苦労と、何よりも、家族を守ったご両親の苦労。
当時、多くの日本人がそうやって、
永住の地となるはずだった場所を追われ、
行くあての保証などない、日本に帰ってきた。
家族全員が生きて会えることが、奇跡だった時代のこと。
それを体験した人が、こんなに身近にいたんだと、
10年近くこの職場にいて、初めて知りました。
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